●燃料気化爆弾
『勝つため、という言葉をいい訳にはできんな。この責任は、俺が墓場まで持っていくよ』
――完成した大型爆弾を前に、一人呟いた藩王の言葉。
悪童同盟は国力が低い。これは動かしようのない事実だ。
まず頭数が少なく、次に生産力が低く、最後に決定打がない。
規模に比べれば燃料関係が比較的マシというだけで、特化した分、色々な方面がボロボロだった。
意地と心意気だけで勝つには、戦争はあまりに冷酷だ。時には手を汚さないと生き残れない。
そこに対し、苦しもうと決断を下せる程度には悪童屋は優れた藩王で、その優秀さが仇となる事があった。
これは、悪童屋が下した決断の中で、もっとも辛いものの一つとなる兵器の話だ。
立国間もない頃、悪童屋は思いつめていた。
数が足りない。兵器が足りない。人が足りない。
友邦が危機に陥っても力になれない無力感。いくら大きな夢を掲げていても、現実にできる事は微々たるもの。
この現実は、きっと長期に渡って解決されないだろう。
一部の国民が気付いている事実に、藩王が気付いていないわけがなかった。
だから。葛藤の末、悪童屋は燃料産出国として最も忌み嫌われる現象を、兵器転用する指示を出す事になる。
『BLEVE』――そう呼ばれる現象がある。
加圧された密閉容器に収められた液体物質が加熱された時、平衡状態が破られる事によって引き起こされる液体の突沸とそれに伴う気化、拡散、――そして爆発。
水でいうところの水蒸気爆発にあたるソレは、燃料産出国にとって特別な意味を持つ。
なぜなら。
『BLEVE』は、製油所などの燃料を扱う場での火災に伴う、酸鼻を極める爆発現象の事を指しているからだ。
当初から燃料関係に焦点を絞っていた悪童同盟は、当然の事ながら同系の産油国であるFEGなどから燃料関係の資料提供を受けたり、独自の調査を行っている。
その中には安全対策の一環として、『BLEVE』に対する資料も含まれていた。
曰く。
――『BLEVE』は、燃料気化爆弾に応用される現象である。
曰く。
――燃料気化爆弾は、貧者の核兵器と呼ばれている。
燃料気化爆弾。
その力は、戦力として有効である事は否めない。
瞬間で気化した燃料が、大気と混合して爆風を超広範囲に長時間引き起こす。
人体を破壊し、酸欠と一酸化炭素中毒と呼吸困難の合併症を起こさせるほどの爆風は、地上を焼き払い、建物を倒壊させ、大地を汚し、効果範囲内をあまりに効率的に破壊する。
核よりはマシ、そういう最悪の部類の面制圧兵器。
それが、悪童屋が手に入れろと指示した、兵器の持つ性質だった。
そうして。いつものごとく手段を選ばぬ昼夜を徹した作業や、藩王の人脈でもってソレは完成の日を迎える。
整備所で、完成した大型爆弾を目にした悪童屋は、無表情に『出来たか』と呟いただけだ。
整備所には開発中の白夜号も眠っており、機体への取り付け作業が急がれていた。
この二つが悪童同盟の力となるのだと、無邪気に喜べない悲壮さが整備所には漂っていた。
その時の悪童屋の心情を察せる資料は、残されていない。
ただ、黒光りする巨大な爆弾が、沈黙するのみだった。