●名整備士
悪童同盟の環境は苛酷の一言につきる。
特に整備士にはその難が多大に降りかかることは既に触れた。
だが、人間は逆境でこそ伸びる。
悪童屋が何者に対しても薫陶の手を緩めないのは、それが事実だと知っているからだ。
そうして磨かれる者の中に、ごくごく稀に『壁』を抜ける人間がいる。
それは例えば機械の声を聞いたり、痛みを感じ取る感覚を得るような。
通常では立ち入れない世界に一歩足を踏み込んだ、研ぎ澄まされた『何か』を手に入れた特別な人間の事だ。
それは誰もがなりえて、積み重ねられた努力のみが可能にするただの現実。
同じ道具を使い、同じ機械を触っても現れる結果が明確に違う。
砂塵をものともせず、灼熱を飼いならし、機械と語らうように手入れをする彼らの事を、人は単純に『名人』と呼ぶ。
彼らには何ら変わった所などない。
身につけるのは整備士にお決まりのツナギに手袋に愛用の道具箱。違いといえば、ただ目印のようにかぶった帽子ぐらい。
それでも彼らは名人と呼ばれる。
それは誰よりも長く、深く、真正面から誠実に、機械とそれを取り巻く環境と付き合ってきた結果。
必要なだけ人を集め、有機的に絡み合わせ、手足のごとくチームを操る中心人物。
工夫と研鑽だけで練り上げられた彼らの能力は、世界のどこに行っても変わる事はない。
巨大な重機を操る技術も、部下達を使いこなす手腕も、勿論機械をチューンする腕前も。
過酷な逆境でそれでも諦めなかった彼らは、どこででも万全の機体を提供するという奇跡のような当たり前を呼び出す。
悪童同盟の整備名人は、慣れ親しんだ工具と共に戦った部下達を引き連れ、今日も過酷な世界で機械と語らっている。
それが何よりの幸せで、自分達以外の幸せに繋がると確信しながら。