イグドラシル

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●白夜号



▼開発前夜

 悪童屋は連日の激務でまいっていた。誰も見ていなければぎゃふんと言ったかもしれない。

 空は遠く、勝利は遠く、戦争の足音と滅びの歌声だけは刻一刻と近づいていた。

 勝つためには殺さねばならないが、殺すために戦いたくはない。

 極めて人道的な悩みの中で葛藤し、燃料気化爆弾の開発で悪童屋が血を吐きそうになっていた頃。

 悪童同盟の片隅で、ひそひそと話し合いを始める連中がいた。

 主だった者は三人。彼らの名をそれぞれ、ヨルクサよっきー、松という。



 悪童屋の夢は国産機を飛ばす事だ。

 戦争に勝つ事は大前提として、純粋に藩王が夢見たのは、自分達の手で作った機体で空にゆく事だった。

 だが、藩王の仕事は忙しく、決断するべき事は多かった。

 日々の煩わしさは視線を下げ、いつしか悪童屋は空を見る事を忘れかけていた。

 何よりも目先を見なければ、砂漠の小国はすぐにでも吹き飛びそうだったのだ。

 そんな折、悪童屋の元に例の三人が現れる。

 彼らが手にしていたのは、一本の図面ケースと分厚い計画書だった。



 取り出された図面には、ヨルクサのイメージスケッチから、ソレを具現化するに至る設計図までが描かれていた。

 計画書には、よっきーの手によるソレの仕様や運用思想が詳細に記されていた。

 そんな二人の後ろで、松は大アクビをしていた。

 悪童屋が、驚きの目でよっきーヨルクサを見返した時。

 『悪童さん。そろそろ空へ行きましょうか。足は――いや、翼は今から作りましょう』

 松がそう言って、壮大な物語を語り始めた。



 『白夜号』

 そう名付けられた存在しない機体は、悪童屋の夢の形をしていた。

 戦いに歪んではいたが、確かにその設計図は国産機のものだった。

『どうせなら戦いをさっさと終わらせて、次は普通の飛行機を飛ばしましょう』

『そのための手段にも飛行機を使えば、多少は鬱憤も晴れるんじゃないですか?』

『とりあえず悪童さんがハンコをついてくれれば、後は全部運ぶようになってます』

 口々に言う三人を前に、悪童屋はただ静かに頷いて書類を通し、その日提出された物を持って居室に戻った。

 彼が感極まって泣いたかどうかは、誰も知らない。ただ、翌日から彼の瞳は変わった。

 輝きを取り戻すどころかその勢いで、今にも青く輝きださんばかりに空を見上げていた。



▼概観

 三人の提案した機体のコンセプトはシンプルだ。

 超長距離巡航による拠点の静穏なる爆撃。

 敵と出会わず、最小限で最大効率を上げるための殺戮。

 それは悪童屋の求めた、無邪気な国産機とはほど遠い。

 それは戦争と言う明けない夜に、欺瞞の光――白夜を呼ぶ凶鳥だった。

 だが、それでも。

 『白夜号』は、戦争を一日でも早く終わらせるという思いだけは純粋すぎるほどに具現化した、間違いのない悪童同盟の国産機だった。



 白夜号の兵器の分類としては戦略爆撃機であり、主だった性能は以下に代表される。

・高いステルス性能

・高度なAI制御による安定した航行能力

・超長距離を飛べる大出力エンジン

・巨大な外見に相応しい、大きなペイロード

 シンプルなコンセプトと、それに応じた偏った性能。

 特に形状は特異で、全長20mに対し、全幅50m、やたらに平べったく巨大な全翼機など、共和国のどこを見渡しても存在しない。

 色々な国民の意見は反映されたものの、最終的には主任のヨルクサ以外にはまともに理解できない代物となった。

 だが問題は中身ではない。整備士泣かせのその機体は、偏った性能だけは折り紙つきだった。



▼性能

ヨルクサの場合】

 ヨルクサはゆうみがつれてきた、技族の青年だ。

 以前の経歴などには謎が多く、また、藩国にもいついるのかは定かではない。

 ただ、ふらっと現れては仕事をこなし、ふらっと消えていくその生き様はまるで妖精のようではあった。

 そんなヨルクサが開発に着手した機体、それが『白夜号』だ。



 元々、戦力が少なく有効な戦い方が見いだせていなかった悪童同盟には、乾坤一擲の一発を求める風潮が根強くあった。

 特に犬出身である松は接近戦に拘り、それよりはよほど見識のあるよっきーは爆撃機を欲しがった。

 当然ながら戦争するのに必要なのは、ロマンよりも現実性だ。

 ヨルクサが下した結論も爆撃機であり、さらに現実的な事に、少ない人員で運用できるよう装備のAI制御を強く主張した。



 爆撃機に必要なのは、とにかく航続距離とペイロードだ。その上で安全であるのなら言う事はない。

 敵に気付かれずに安全に攻撃する事が重要であり、轟音をたてて超音速で突撃する必要はどこにもないというのが、終始一貫した軸となった。

 白夜号は、最終的に最低限の装備を加え、そこそこの汎用性を持って完成するものの、この初期構想を引きずったために最高速度や運動性で伸び悩むという欠点を抱えている。



 なお、採用され、初起動時点で開発完了していたオプションは以下の通り。

・追加燃料タンク(増層)

・短距離ミサイル(赤外線誘導)

・中距離ミサイル(レーダー誘導)

 また、実装には至っていないが、大々的な換装による宇宙戦への対応(圧縮空気の追加装備)や、機首の機関砲を実弾とレーザーで選択する事も視野に入れた設計になっている。



 こうして振り返ってみると、いかにヨルクサが『超長距離を巡航して爆撃を成功させる事』と『兵力の少ない悪童同盟の戦力増強』に気を配ったかがよく分かる。

 最終的に端にも棒にもかからない、汎用というには器用貧乏すぎる機体が出来上がりそうな所を、爆撃機としての性能を保持したまま他の火器を搭載できるようにした手腕は評価されるべきだろう。

 ただし、開発期間が短かった事もあって、結局爆撃機としての側面以外を生かせる装備はほとんどが倉庫で眠る事となる。





よっきーの場合】

 よっきーは、同じ猫の国である海法よけ藩国からやってきた移民だ。

 おしもおされぬ摂政であり、悪童屋の信任篤く、内政に関してはほぼ一任されている。

 元が癖のある国に所属していただけあって、データ管理に長けており、また、ただのまじないにしか見えない特殊な知識も豊富に持っていた。



 元々、よっきーは前の国で未婚号の開発に携わっていた。

 そのため、機械の設計に対しては一家言がある。

 そんな彼がヨルクサの補佐として動き出した時、幾つか白夜号にこっそり織り込んだ性能があった。

 それは一言で言うなら、『どうせ安全性を求めるなら、とことんやってやろーじゃん』だ。



 ステルス性能の向上はヨルクサが機体形状や専用塗料の開発指示、排熱機構の改善などであらかたやってしまっている。

 音・熱・電子などの方面において隠蔽能力を追求された機体は、飛行跡を残さないための排気システムや機体形状なども含めて追求されており、その執念は常軌を逸していた。

 正直な所、有効打を与えるには目視による接近戦ぐらいしかないだろう。

 だが、よっきーは石橋を非破壊検査するぐらい念の入りようで、更に改修を加えた。



 機体開発はヨルクサが主導し、よっきーがアドバイスを与えるという形で進んだ。

 概ねにおいてヨルクサは優秀であり、よっきーが手を加えた箇所はあまり多くない。

 ただ、彼は完成したあとの機体塗装に関してのみ、その権利を主張して譲らなかった。

 ヨルクサは機首に『悪童』のマーキングを入れる事とステルス性塗料を使う事ぐらいしかこだわりがなかったため、よほど変なペイントでも入れない限りはという条件でこれを飲んだ。

 結果、完成したのは漆黒の機体だ。

 どこにもよっきーの主張した理由は見えない。

 それでも彼は得意げに、『本当の危機にだけ、ソレは分かるんですよ』と星見らしい迂遠な言い回しで微笑んだ。



 結論から言うと、よっきーは機体に精霊回路を描いていた。

 ただひたすらに、乗員が生き残れるように。

 浮遊付与と魔術的隠蔽いうパッとしない意味をコレでもかと執拗に、ステルス塗装の下に描いたのだ。

 レムーリアでの機動兵器の悲惨な現実や緑による機械の無効化などを知る彼が、ひっそりかけたおまじない。

 ただの墜落ならばまだしも、とことん起こりそうにない事態への対策など、大きな声で言えるはずがない。

 だから今でも白夜号はただの黒いステルス機のままで、よっきーは図案に失敗して黒く塗り潰したのだという事になっている。





【松の場合】

 松は犬の国、しかも兵器開発で有名な伏見藩国の出身だった。

 冬の京時代には名ばかりの摂政を務めていた事もあり、初めて実戦投入されたトモエリバーで水泳をしたほど、機械との関わりが深い男だった。

 ただし、犬出身だけあってロマンを追いすぎる傾向が強かった。

 ヨルクサよっきーが真面目な顔で機体コンセプトを考案している頃、超音速突撃だの可変機だのととりあえず実現性をどこかに置き忘れた話をしては微妙な顔をされていた。

 このあたり、犬と猫の文化の違いが如実に現れている。



 そんな松は、機体の開発に対してあまり手を出していない。

 規格が違いすぎて犬の知識はあまり役に立たなかったのだ。

 伏見藩王からオフレコで聞いていた機密をついうっかり口にしても、相手がソレに気付かないなどというのは日常茶飯事だ。

 まぁそういうもんだよな、と割り切って、松は開発者の中で一応は現場出身らしい意見を口にするに留まっていた。



 この役立たずっぷりは、白夜号のテスト飛行が始まるまで一貫して示され続ける。

 とりあえず誰もが口ごもる燃料気化爆弾の搭載を一番に言い出したのが、唯一の功績と言っていい。

 『だって悪童さん、考えてても口に出し辛いだろ。勝つのに必要ならやるべきよ』とは彼の弁。

 夢とロマンだけで敵を滅ぼす兵器を作り続けてきた伏見藩国。

 そこの出身であり数々のI=Dに乗ってきた男は、あっけらかんと大量殺戮兵器の使用を後押しして見せた。

 とても褒められた思考ではないが、戦いからロマンを剥ぎ取ればこんなものだと一番知っていたのも、彼だという話だった。





▼テスト飛行

 そうして完成を迎えた白夜号のテストパイロットは、特になんという事もなく松が努めた。

 ルージュの戦いではフェイク2に乗って従軍している。空戦機体の評価係として、彼以上の適任が他に存在しなかったのだ。

 他、同乗者として隠密戦のオペレーターに向いた猫が適当に選ばれた。

 誰もが固唾を呑んで見守る中、離陸後、高高度に到達した彼は機体を振り回し、整備兵が絶叫して開発者二人が苦虫を噛みそうな通信を送る事となる。



『遅い。重い。鈍い。静か過ぎて気持悪い。ドライブにゃ向いてるが一騎打ちなんぞできんなぁコレは』

『そういう機体なんですよ。ひたすら静かに通り抜けて、拠点を爆撃して帰ってくるんです』

『隠れ身はほぼ完璧なんだろうけどなぁ。なんというか、ケレンが足りんよ。旗立てて突撃とかできんし』

『ケレンで命が買えますか? ロマンで戦に勝てるなら猫と犬の経済格差は出来てませんよ』

『違いない。まぁ、敵の弱点に痛打を入れるって意味じゃいい機体だな。……パイロットが、大量殺戮兵器を落とす覚悟があるんなら』

『それは燃料気化爆弾を搭載する前から――対地攻撃を視野に入れた時から、決まってるはずです』

『そりゃあね。ま、訓練で培えるものには限度があるんだが……。こんだけデキた機体だ。情け容赦なんか欠片もない運用を考えるとするよ。

 それにしても重たいなぁ。ドッグファイトのメソッドどうすっかなぁ』

『だーかーらーそういう運用は――』



 そしてこんなボンクラな会話を繰り広げつつ、燃料を使い切るまでテスト飛行は続いた。

 記録された最高速度はマッハをギリギリで超える程度、巡航速度はそれ以下。

 今や蒼穹号が存在する戦場においてかなり悲しい速度ではあったが、最終巡航距離は1万kmをゆうに超えていた。

 この辺りの性能を見るに、やはり白夜号は爆撃が基本運用の機体だ。

 幾ら空戦能力を持てるとはいえ、あくまで護身用であり戦闘機として積極的に運用されるべきではない。



 このように、白夜号は悪童同盟の三人が中心となって、他の国民の資金提供や意見集約などの涙ぐましい努力によって完成した。

 燃料をバカ食いするというあまりに基本的な欠点を産油量でカバーし、ただの爆撃機でしかない火力を燃料気化爆弾で増強する。

 この機体には、お世辞にもロマンもケレンもなく、ましてヒロイックではない。

 質実剛健、初志貫徹。

 結局出来上がったのは、悪童同盟らしい目の瞑り方と強化を施された、待ち望んだ国産機。

 戦争を終えたら次の翼へと生まれ変わる、凶鳥と呼ばれる夢の雛鳥だった。

 輝く瞳の藩王は、複雑な胸中で機体を見上げ、そしてその先を思い描いて覚悟を決めた。



 白夜号は、発進の時を待って格納庫で眠っている――。


派生元のアイドレス
西国人+名整備士+整備の神様+テストパイロット
派生先のアイドレス
なし

独自兵器開発(イベント)

一般性能要求(要点)

 独自兵器とはI=Dでない兵器の総称である。

これらは各藩国が独自に開発し、運用した低性能代替兵器だったが、量産性に優れるために
大量配備されたケースも多かった。


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