奥羽りんく結婚披露イベント特設ページ

『政治は政治家がやればいい。俺の仕事はロマンを現実に鍛え直すことだ』

               ――技術屋ヨルクサ、摂政を前に啖呵をきる。

                   -前夜の前夜-

「――というわけだが」
 男の言葉が終わったとき、会議室を満たしたのは沈黙だった。
 狭い部屋だった。
 長机二つをパイプ椅子四つで囲めば手一杯。窓際のホワイトボードに字を書こうとするなら、椅子から乗り出すか腹を引っ込めて立つしかない。
 蛍光灯だけがギラつくように白く瞬き、書類の束で埋まったデスクを囲む男二人は難しい顔をしていた。
 ここは悪童同盟の王城、その一角にある小会議室だ。
 日頃は閉ざされている部屋に男三人が集まり、顔をしかめて額を寄せあっている。
 一人はホワイトボードの前に座った緑のツナギ姿の青年。サングラスで目元を隠し、口元をにやつかせて二人を睥睨している。
 もう一人は対面に座った細身の少年。大人びた表情を曇らせながら、小さい体を乗り出すように書類の山に目を通している。
 最後の一人は白い青年だった。天井をぼんやり見つめ、虚空を撫でるように両手を動かし足を揺らしていた。
 まともな言葉が交わされることはなく、重苦しい空気だけがのしかかる。
 技術主任と摂政と意見役。
 国の重鎮が揃った会議だというのに、広がる光景には一種異様なものがあった。
 だが、それも仕方ないのかもしれない。
 悪童同盟の次期主力戦闘機を巡る会議の壇上で、技術主任のヨルクサがたたき出したプランはあまりに突飛だったからだ。
 この国には既に、正式採用された戦闘機が一機存在する。
 その名も白夜号。超長距航行を可能とした戦略爆撃機だ。燃料気化爆弾を敵地に単独で叩き込むその航続力と隠密性は他国でも高く評価され、未だ実戦の空は飛んでいないながら、悪童同盟の技術力を世に知らしめた稀代の名機と言われている。
 そして白夜号の成功に気をよくした首脳陣は、新たなる戦闘機の開発に着手していた。それも超特急で。
 なぜなら、この国の空軍に攻める翼はあっても守る翼はないからだ。
 世界規模の戦闘に参加するために国防を捨てて爆撃機を作ったというバクチっぷりは藩王の性格をよく表している。
『守っても死ぬから攻めて倒す』
 そこまで言ったかは知らないが、いかにも悪童屋の言いそうなセリフだった。
 そういうわけで。
 悪童同盟には、可及的速やかに戦闘機を開発する必要があった。
「返事がないな。俺の説明不足か? そんなに難しいことは言っていないつもりなんだがな」
 口の端をことさらに釣り上げ、ヨルクサは顎を撫でながらホワイトボードに視線を流す。
「要点は三つ。ステルス性が高く、アフターバーナー無しでスーパークルーズ可能で、短距離離着陸が可能なマルチロールファイターだ。白夜と白羽でうち二つのデータは最終済みだろう? 短距離離着陸もそこまで目新しい技術じゃあないし、ついでに白夜のウェポンパック構想もこっちにスライドさせれば万事OKだ。その場合、隠密性は犠牲になるだろうがな」
 ヨルクサが自信たっぷりに語るのはいつもの事としても、その内容に正当性があることは確かだった。
 ただし、よっきーが眉をひそめる程度に常軌を逸しているのもまた確かだった。
 プラン自体は真っ当でも、その要求水準が狂っている。
 『従来機の目の前を飛んでもレーダーに映らないような隠密性』
 『大出力エンジンに推力変更ノズルを複合した、変態的運動性』
 これらを兼ね備えているだけでも大概なのに、ヨルクサは選択肢として増槽と十発以上のミサイルを追加装備するつもりらしかった。
 完成すれば確かに強力だろう。
 だが、よっきーの脳裏では冷徹なソロバンが高速で稼働している。
「これじゃ予算が高騰します。維持費なんて考えたくもない。それに採算ラインまで生産したら国内から溢れますよ。大体どうして計画がマルチロールファイター開発路線に化けるんですか。RBが闊歩する時代に戦闘機が出先を飛びまわる必要がありますか? ここは一つ計画規模を絞って自国の制空権を死守するための機体を早急に考えた方がいい」
 ことマッドな技術に目がないよっきーも、現実的な観点から考えて苦言を呈さざるを得ない。
 ない袖はふれないし、いらないものは作っていられない。悪道同盟は小国で、ムリをするにも限度がある。
 だがヨルクサよっきーの発言を鼻で笑い飛ばした。
「ハッ、ムチャは承知だ。この国は人がない。物がない。技術と金と燃料だけがある。あとは売り物の兵器に藩王の人望か?」
「まぁ……そういう感じではありますが。あと、国民は少なくとも質だけは一級品です」
「なら小国の国防用の機体なんぞ誰が買う。人が欲しがるのは常に最強の力だ。訴えかけるもののない兵器が何になる? 質をウリにするのなら、単機でもキルレシオで圧倒するような機体を作らせろ」
「いいですか、そもそも商売を念頭におかずに自国のために生産するのも選択肢ではあるんですよ。それに実用性を欠いた性能こそ何の役に立つって言うんです」
 よっきーが食い下がる。ここは国会ではないから実行力はないに等しいが、今の間に論を制しておかなければ国が傾くような機体の開発決議が上申されるハメになる。
 お国柄として、こういうものは最初に握りつぶしておかないと勢いで採用されかねなかった。
「実用性? あるともさ。見られただけで死ぬような敵がいる時代だぞ。見られる前に殺す力がなくてなんの兵器だ。攻めて殺せ、守って死ぬな。俺は藩王の言葉をそう解釈している」
「コレはいつもの悪ふざけとはワケが違うんですよ。実行に移されれば国の命運がかかる。白夜や白羽を作っていた頃とは、もう戦況も国も規模も違うんです」
 だんっ、と机を叩く音が響く。
 勢いあまって立ち上がったよっきーは、バツが悪そうにすみませんと呟いた。
 紙束の山が崩れ、よっきーの対面に座っていた男が書類の雪崩れに飲まれていく。
「あ」
 だが、ヨルクサは気にしない。
「何も変わらんよ、俺の仕事は。思いつくがままに、思いのたけをこめ、思うままに振舞う翼を造るだけだ」
「それじゃあ国が成り立たないと言って――」
 言葉を遮るように、蛍光灯がまたたいた。
 ヨルクサのサングラスが粘質に照り返す。
 書類の山ががさりと蠢く。
「――政治は政治家がやればいい。俺の仕事はロマンを現実に鍛え直すことだ」
「っ!」
 ロマン。
 その一言は悪童同盟の人間の弱点だった。
 元々、オイルマネーと戦闘機で戦争に勝つなどと言い出して出来上がった国だ。
 開拓者気質というべきか、目先のことより将来の大博打を好む傾向が国民性に宿っている。
 だからこそよっきーやゆうみが国の財政を引き締め、悪童屋が政治の舵をとっているわけだが、現実性を失わない限りは最大限の夢を追うのが国是といって過言ではなかった。
 そしてヨルクサは、そのロマンの最前線を生きる技術主任だった。
「俺が君に求める仕事はただ一つ。俺の欲しい翼を、誰もが欲しがる翼にすること。邪魔をするな。道を阻むな。そして覚悟を決めろ」
 サングラスの奥に、炯々と輝くものがある。
 それは燐光にも似た淡い揺らぎの芯に、灼熱する太陽を宿したような瞳だった。
「僕の仕事は、あくまで国を円滑に運営することです」
 よっきーは矮躯に力を込め、全力でヨルクサの眼光を受け止めていた。
 視線がぶつかり火花を散らす。
 またも書類の山が蠢き、二人の均衡にヒビを入れる。
 空気の読めない男が混じっていたのが、二人の幸運だった。
 最初に肩をすくめたのはよっきーだ。
「……ですから、予算はギリギリまで削ります。計画は限界まで煮詰めます。販路の開発に商人は靴をすり減らすでしょうし、万が一にも増税すれば国民が血を吐くかもしれない」
「それで?」
「なお必要だというのなら、まず僕を納得させてください。机上の空論で突っ走ることはできません。概念実証機のシミュレーター作成から始めてください。それ以上の予算は出しません」
「事実上のゴーサインだな」
「形式的な合図がなければ採用されませんよ。そのために裏付けをよこせと言っているんです」
「なるほど、政治屋らしい台詞だ」
「褒め言葉だと受け取っておきます」
 二人が一応の落としどころを見つけた頃、紙束の山も崩壊の時を迎えていた。
 雪崩打つ紙を崩落させ、中から男が一人立ち上がる。
 白い民族衣装に虎を思わせる戦化粧を入れた男――悪童同盟の余裕の象徴、三文文族の松だった。
ヨルクサさん!」
 松は興奮を隠さず、ヨルクサの両肩に手をかける。
 あまりの勢いのよさに、寝不足かつ低血圧のヨルクサが姿勢を崩したほどだった。
「この機体は凄いぞ。何が凄いって全く不要のドッグファイトの性能が図抜けてる所だ! いいなぁコイツ、伏見時代を思い出すな!」
「えぇと松さん、何を言ってるんでしょうか……」
 よっきーからすれば、いつものノリで呼んだこの男は虚空を睨んで意味不明の動きをしているだけだったのだ。今ごろ興奮する理由がわからない。
 だが、ヨルクサは違ったらしい。
「相変わらず機体を頭の中で動かすのが上手い奴だな。そうだ、この機体は本当にマルチロールなんだ。必要とあらばなんだってこなす」
「スペック見て実機が想像できんような奴は伏見でパイロットなんぞやれんさ。まぁ色々と問題もありまくりだが――まさに乾坤一擲の刃だな」
「違いない」
 こうなると文官の立ち入る領域の話ではなかった。
 よっきーは苦笑いしながら息をつき、ホワイトボードの後ろから差し込む夕日に目を細める。
 狭い部屋は赤く染まり、黄昏の色に近づきつつあった。
 雑談という名の会議もそろそろ終わりかとしみじみ思った瞬間に、松の歓喜の声が重なる。
「コイツの名前は――そう、白刃号だ!」
「そいつはいいな、開発コードはそれでいこう」
 まるで今日の話が現実になるかのように盛り上がる二人。
 きっとそうなってしまうのだろうが、結果に至る道ではかなり頭が痛くなりそうだった。
「まぁいっか、役に立つんならそれはそれで」
 スッキリと割り切って、よっきーは書類に手をかけ部屋を片付け始める。
 悪童同盟はいつだって、ロマンを力技で押し通して実現するのだった。

                      -余談-

 この後、白刃号のテスト機はちょっとした実戦を経験することとなる。
 悪童屋四季
 奥羽りんく
 藩王親娘の一騎打ちという、意外に過ぎる戦場で。
 その結末を知るものは、まだどこにも存在していなかった。

(文:松)

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Last-modified: 2008-02-29 (金) 23:10:54 (4959d)